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札幌高等裁判所 昭和42年(ネ)192号 判決 1968年2月21日

控訴人・附帯被控訴人(仮処分債権者) 藤本国夫

右訴訟代理人弁護士 水原清之

被控訴人・附帯控訴人(仮処分債務者) 加茂八郎

主文

原判決を取消す。

被控訴人の仮処分決定取消申立を棄却する。

附帯控訴人の附帯控訴を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、控訴人(附帯被控訴人、以下単に控訴人という。)を債権者、被控訴人(附帯控訴人、以下単に被控訴人という。)を債務者とする札幌地方裁判所昭和三五年(ヨ)第三〇号不動産仮処分命令申請事件について昭和三五年二月五日同裁判所が「被申請人(被控訴人)は別紙目録(原判決末尾添付のもの)記載の土地(以下本件土地という。)に対し、譲渡、質権、抵当権、賃借権等の設定その他一切の処分をしてはならない。」との仮処分決定(以下これを本件仮処分という。)をなしたことについては当事者間に争いがない。なお、≪証拠省略≫によると、右仮処分決定は被控訴人の異議申立に基づく同裁判所昭和三五年(モ)第一五九号仮処分異議事件の判決(昭和三五年五月三〇日言渡)により認可せられていることが明らかである。

二、被控訴人は、右仮処分決定については民事訴訟法第七五九条によりその取消を許すべき特別の事情があると主張するので判断する。

(一)  まず、被控訴人は、控訴人が本件仮処分の被保全権利として主張しているのは本件土地の所有権であって、本件仮処分はもっぱらその経済的価値を維持せんがためであるから、右被保全権利は終局において、金銭的補償によりその目的を達し得る旨主張する。

しかし乍ら、控訴人の本件土地に対する所有権の主張が、ただこれを転売する目的のみをもってしていると認めしめる疎明はなく、かえって、≪証拠省略≫によると、控訴人は、その所有にかかる本件土地について昭和二三年七月二日なされた農地買収処分には、所有者を中島武市外二名と誤認した重大、明白な瑕疵があるとして、国から売渡を受けた被控訴人を相手として所有権取得登記抹消登記手続請求の訴(札幌地方裁判所昭和三三年(行)第一三号事件の一部)を提起したが、被控訴人によって本件土地が第三者に処分され、多数の建物が築造されると、所有権の内容を現実に回復することが困難となり、回復し難い損害を蒙るので、本件土地の所有権を保全する必要があるとして本件仮処分決定がなされ、執行されたものであることが認められるところ、≪証拠省略≫に弁論の全趣旨を照合すると、右本案訴訟の審理にはなお相当の年月を要するものと予想される反面、もしも本件仮処分が取消されるとなると、被控訴人が本件土地を他に転売しもしくはこれに担保権を設定し、あるいは他に賃貸もしくは使用貸するなどして、これにつき多数の第三者の多岐に亘る権利関係の発生することが容易に推認でき、これを覆えし得る疎明はない。

そうだとすると、本件仮処分が取消された場合には、たとえ控訴人が前記本案訴訟で勝訴しても、その完全な権利の回復は著しく困難となり、かつ、金銭的補償によってその権利保全の終局目的を達成することもまた極めて困難となるものといわなければならない。

もしもこの点について原判示のように、「かりに本件土地が第三者に譲渡され、あるいはその余の処分行為がなされることがあっても、不動産登記には公信力が与えられておらず、控訴人としては、本案訴訟に勝訴した場合、その第三者に対して自己の所有権を主張して第三者の権利取得を否定し、所有権の回復を図ることができるのであるから、これらのことをするのに必要な費用と完全な所有権が回復されるまでの期間の損害賠償の額を保証として立てしめれば、本件仮処分の目的は終局において達成せられる」との考えをとるときは、不動産に対するいわゆる処分禁止の仮処分の大部分がその取消を許すべき特別事情のある場合にあたることとなりかねないのみならず、右勝訴判決の効力は、口頭弁論終結前本件土地につき権利を取得した第三者に対しては、当然にこれを及ぼし得ないのであって、このような第三者をすべて当該訴訟の当事者に引き込むことは事実上容易なことではないのであるから、たとえ被控訴人に対する本案訴訟につき勝訴判決を得たとしても、更に再び第三者を相手方として訴訟を繰り返さねばならない虞れが多分にある。そしてそのような事態が生じた場合には、控訴人が究極において本件土地所有権の回復を得るまでには著しい困難が伴い、これによって蒙る損害は著しく増大することが容易に考えられ、しかもそのような損害を填補すべき金額をあらかじめ算定することは、極めて多岐に亘る諸事情を予測勘案することを要し事実上不可能といっても過言ではない。

されば、かくの如く、仮処分決定が取り消されることによって、仮処分債権者の目的とした権利の終局的実現の達成が著しく困難となり、しかもその取消によって蒙る債権者の損害が著しく増大する虞れがあり且つその金銭補償の評価が極めて困難である本件の如き場合にあっては、仮処分取消について未だ金銭補償により終局の目的を達し得る特別の事情ある場合にあたらないというべきである。

(二)  次に被控訴人は、本件仮処分が維持されることによって、被控訴人は莫大な損害を蒙るのにひきかえ、これが取消されても控訴人の蒙る損害はとるに足りない旨主張するが、前説示のとおり、本件仮処分が取消された場合控訴人の蒙る損害が著しく増大することが予想されるのみならず、民事訴訟法第七五九条に特別の事情があるというためには「債務者が仮処分により通常受ける損害よりも多大の損害を蒙るべき事情」のあることを要するところ、被控訴人が主張するように、本件土地を聖地として、宗教法人を設立し、またその一部に幼稚園を建設する計画があるということは、未だ本件仮処分によって被控訴人に損害を生ずべき事由となるものといえない。蓋し、本件仮処分は何ら被控訴人自身が本件土地を右計画のために使用することを禁ずるものではなく、また本件仮処分が右宗教法人等の設立それ自体を禁じているものでないことはいうまでもないところであり、ただ右法人が設立された暁において、本件仮処分により本件土地の使用権取得が禁じられるとしても、これをもって被控訴人自身の損害ということはできない。被控訴人の損害は結局本件土地の譲渡ならびに担保権の設定が禁ぜられることによって前記計画に対する資金導入ができないというにすぎない(しかも弁論の全趣旨によれば、本件土地が被控訴人の唯一の資産ではない。)ものであり、これはこの種仮処分において債務者の蒙る通常の損害を超えるものではないというべきである。(なお、かかる損害は本来債権者が供託する仮処分保証金によって担保せられるべきものであるところ、本件仮処分保証金二〇万円が現時点においては著しく低きに失するとしても、その是正は別途の手続によるべきであり、この故をもって、本件仮処分を取消すべき特別の事情ありということはできない。)

されば、本件仮処分には、いずれの点においても民事訴訟法第七五九条により取消を求め得べき特別の事情は存しないというべきである。

三、さらに被控訴人は、本件土地を時効取得したと主張するが、被控訴人の主張によれば、その時効取得の完成したという時期は、昭和三三年春であって、本件仮処分発令以前のことに属するから、右はまさに被保全権利の存否そのものに関する主張であって、本訴において事情変更に基づく仮処分の取消の事由とするにあたらないというべきである。(なお、被控訴人は前記本件仮処分の異議申立事件においても右時効取得の主張はしていない。)よって、被控訴人のこの点の主張は採用の限りでない。

四、以上の次第であって、被控訴人の本件仮処分取消の申立は理由なく排斥を免れないものであるから、これを認容した原判決は不当である。よって、原判決はこれを取消し、本件仮処分取消の申立を棄却すべく、従って、被控訴人の本件附帯控訴は理由がないことが明らかであるからこれを棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 野本泰 裁判官 今富滋 潮久郎)

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